SanDragon

【織田信長】桶狭間の戦いに勝利した3つの理由

織田信長を語るとき欠かせない出来事の一つが「桶狭間の戦い」で10倍とも言われる今川義元軍に勝利したことがあげられます。

なぜこのようなことを成しえたのかその勝因を3つ上げてみたいと思います。
織田信長は「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」だけでは語れない人物です。
「鳴かせてみせよう」も「鳴くまで待とう」の要素も合わせ持った類まれなる奇才をご紹介します。

桶狭間の地形に注目していた

2万5千とも4万とも言われる今川軍に対し織田信長が2千とか3千と言われますから兵士の数では太刀打ちできるはずがない戦いでした。

そこで今川軍を倒すために織田信長が注目したのは桶狭間の特殊な地形です。
だだっ広い場所で大群と戦えばどんなに優れた武士が集まっても絶対に勝てませんが、細長い場所を通る時は所詮その数は絶対に決まっている、少数になるということに目をつけたのです。
戦いの場所を選んでいたことと通る時を見計らっていたことそこが信長のすごい所で戦いに勝利した理由の一つなのです。



真っ向からじゃなく奥の手を使った

移動中の今川軍がわざわざこんな細い地形の所に留まる理由を作ったのは織田信長でした。

その戦略ですが地元農民たちの協力を得たのです。
彼らにタイムリーに酒をふるまい織田信長の悪口で盛り上がっていたと言います。

これは農民ではなく農民のふりをした織田軍だったのではという説もあるようですが、とにかく意図的にこの場所で今川軍をヘロヘロに仕立てたと言うのだからスゴイ戦術です。
今川義元を含めてここにいた敵軍は第一線で戦える状態ではなかったと言えます。
真っ向から戦いに挑むのではなく奥の手を使ったわけです。

雨と言う天候を利用した

織田信長は「泣かぬなら殺してしまえホトトギス」に象徴されるように短気というイメージを持たれることが多いですが、実は桶狭間の戦いの事情を知るとそうとも思えません。

今川の大群に勝つために少しでも有利になることを考え桶狭間という最も戦場として望んでいた場所に今川軍がいた時に雨が降り出すのをしっかり待っていたと言われています。
雨あっての勝利ということを見越し、しかも天気予報的な先見も持ち合わせていたわけです。
ここから「鳴かせてみせよう」も「鳴くまで待とう」の信長の顔も確かに伺えます。

»コラム・エッセイのページへ戻る





ライター紹介

YouTubeチャンネルを持っています。

アーティスト紹介

@sandragon965

いろんな敵とこっそり戦う画家
とにかく、今の状況を脱するためにリアリズムという作品を制作することにした。(画家をしております。個展の案内はメールで配信します。登録はこちらです!!)
»プロフィール»インスタグラム»twitter

ニュースレター登録

個展の案内をメールで配信しております。
詳しくはこちら
↓メールアドレスを入力してください